miniSS〔ハガレン〕vol.1 17 涙
プリティドール
「ぎゃふッ……」
なにかが潰れたような声。
リビングに入ったところで、ロイはその声の意味を知った。
「なにをしているのかね?」
「あー、御主人様。こいつさあ、いきなり入ってきて、オレの服脱がせようとするの。すっげーキモい」
「キモいって……」
「まあ、そう言ってくれるな。ハボックは本当のキミの購入者、いわゆる主人となる(はずだった)人物なのだから」
左頬を腫らして、壁に懐いているハボックをチラリと見やってから、視線をエドワードに向ける。
ロイの言葉に、エドワードはマジマジと、主人となるはずだったハボックを見つめて、
「えー、こいつが?! 変態だぜ、こいつ。オレの服脱がせようとしたんだから」
「ハボック……お前、そこまで落ちたのか?」
「ち……違いますよ。オレはただ、人形が男だと聞いて確かめようと。注文したのは少女型なんスから。いくらオレでも、そんな趣味はないッスよ」
女性タイプではなく、少女型というところが、情けない気がするが。
しかし、これで先ほどのハボックの驚き様がわかった気がした。
「ハボック……人形の注文はどうやってしたのだ?」
「え……カタログッスよ。カタログ注文。髪の色から好みの性格、年齢性別なんかの各項目にチェックを入れて送ると、まんま好みの人形が届くんすよ。すごいでしょ。そんなシステムがあるなんて、知らなかったッスよ、オレ」
「私もだ。では、そのときに女(F)ではなく男(M)にチェックしてしまったのだな」
「え〜そんな〜〜……」
そんな2人のやり取りを、エドワードは他人事のように眺めていた。
事実、破棄されてしまうだろう絶望感や、悲観的な気持ちと言ったものは、一切浮かんでこなかったのだが。
沸かしたばかりのお湯で煎れてもらった紅茶を、チビチビと啜りながら、成り行きを見守っていた。
「まあ……キミの気持ちはわからなくもないが……」
そう言ってエドワードを振り返る。
「エドワードのことは、私が面倒を見よう」
「え?」
「はあ?」
ハボックとエドワードが、同時に声を上げる。
その心情はまったく違っていたが。
「大佐……あんた、ロリコンの気が? しかも男の子ですよ?」
「……………………死にたいようだな、ハボック」
「ぎゃあーッ!? 大佐、その手袋……嬉しそうに嵌めないでくださいって」
必死の形相で喚くハボックなど尻目に、ロイはエドワードに向き直ってもう1度言うのだった。
「そういうことなのだが、私では嫌かね? キミの御主人様は」
ハボックを今にも殺してしまいそうな不気味な表情で睨みつけていたロイが、エドワードと話すときは柔和な表情へと変わる。
本人に自覚があるのかないのか。
しかし、ロイがからかっているのでも冗談でもないことを知ると、エドワードは泣き出しそうな表情で俯いた。
「嫌などころか……オレにとっては願ってもないことだけど……。いいのかよ? オレはあんた仕様でも、女でもないんだぜ?」
「私はね、エドワード。私仕様の人形や女性のキミがいいと言っているのではなく、今のキミがいいと言っているのだよ。ひと目惚れしたのは私の方なのだから」
人の肌となんら変わらない柔らかな頬を、ロイはこれ以上ないくらいの優しい仕草でもってなでてやる。
争いになれば百戦錬磨なロイ・マスタング大佐の、こんな表情を見たことのある人間が、いったい何人いるのだろうか。
ハボックは、相変わらず壁に懐いたまま、成り行きを見守るしかなかった。
人形を引き取るといったロイにも驚いたが、それ以上にその人形へ告白し始めたのだから、さすがのハボックもビックリして声もない。
ふと、さっきのロイの「キミに人形を愛でる趣味があるとは」と言っていたのを思い出す。
あれは、ハボックをからかって出た言葉ではなく、ただ他意もなく聞いただけだったのではないか。
実際に今の状況は、ロイの方が人形を愛でる人のようであったのだから。
「あー、ハボック。お前はもう帰れ。用済みだ」
「そんな、大佐ぁ〜。わざわざ来たんスから、メシくらい食わしてくださいよ」
「お前に食わすくらいなら、野良犬に食わした方がマシだ。さっさと帰れ」
「なんスか、それ。酷いッスよ〜」
かなり食い下がってみたものの、ロイがまったく聞く耳を持たないとわかると、すごすごと肩を落として帰っていった。
本日、ロイの被害者bPは、ジャン・ハボック少尉かもしれない。
「そう言えば、ハラが減ったな」
人形(ドール)騒ぎで、すっかり忘れていた。
「エドワード、キミは食事はどうするのかね? 私と同じ物が食べられるのなら、用意させるが」
この場合、誰が用意するのかと言うことは、聞かないのが鉄則で。
大佐ともなると、公私に面倒を見てくれる人がいるのだろう。
「いちおう、一通りの物は食える。でも、エネルギーとするなら………………」
「するなら?」
なぜか言い淀んだエドワードを、不思議に思って聞き返す。
「…………………………牛乳(ミルク)だ」
「……牛乳ね。じゃあ、せっかくだから、食事とその牛乳も用意させよう。…………ん? どうしたのかね?」
「なんでもねーよ。それより、牛乳は甘くしろよ。まんまなんて、生臭くて飲めたもんじゃねーからな」
偉そうな物言いで、しかし可愛いことを言う。
「…………それは、牛乳が嫌いだということかい? 自分のエネルギー源が嫌いな人形というのも、どうかと思うが……」
「そんなんじゃねえよ。誰が嫌いだって言った? そのままでも飲めるぜ。当たり前だろ。だけど、……甘い方がうまいだろッ」
「……ああ、そうだな」
苦笑してしまうのは、エドワードが可愛いと思ったからだ。
牛乳が嫌いだと知っても、甘くなくては飲めないとわかっても、誰もバカにしたりからかったりはしないのに。
意地っ張りで、弱みを見せないように片意地を張る。
人形らしくないそんなところが、やたらと愛しいと思っていた。
「キミは1日何食食べるのかね? 毎食ごとに牛乳が必要なら、そのつど用意させるが」
「ミルクミルク言うなぁ〜〜ッ、聞くだけで耳が腐る」
「それは……ずいぶんと牛乳も嫌われたものだな」
「あー、また言ったッ」
とうとう我慢も限界に来たのか、牛乳嫌いを自分から暴露してしまうエドワードだった。
「騒いでいないで、私の問いに答えたまえ、エドワード」
「あ……うん。牛乳は1日2回。朝昼でも昼晩でも朝夕でもいい。夕に2回分やったって人がいたらしいけど、消化不良で各機能が障害起こして動かなくなってしまったらしいから、1回牛乳飲んだあとは、少し時間を空けた方がいいらしい」
「ああ。……わかった」
ふむふむと真剣に聞いているロイの姿に、可笑しく思ってつい笑ってしまう。
「なんだね?」
「いや、なんでも……ってかさ、取説(取扱説明書)あるんだから、それ読みなよね、御主人様」
「本人がいるのだから、聞いた方が早いだろう。それに私は、そういう説明書を読むのが嫌いなのでね。細々した物を読むのは、仕事だけで充分だ」
きっぱり言い切るロイに、少し呆れた気持ちで、
「まあ……いいけどさ。御主人様がそう言うなら」
「それから、私のことは名前で呼びたまえ。家ではロイ、外ではロイ大佐だ」
「ロイ…大佐? タイサって?」
「私の軍の階級だ。こう見えて、結構偉いのだぞ」
「ふ〜ん……じゃあ、大佐?」
「家では名前だと言っただろう」
「ロイ? 大佐の方が格好よくない? 大佐! うん、いい感じ」
「こら、エドワード……。それなら、私もお前のことは人形(ドール)って呼ぶぞ。いや、キミの手と足の鋼から取って『鋼の(手足を持った人形)』と呼ぶぞ。いーんだな?」
「ん……いいよ。それで」
「…………こら。ちょっと、待て」
思いのほか気に入ってしまったらしいロイの呼び方も、自分の呼ばれ方も、然したる抵抗はないらしく、すんなりと承諾するエドワードに、ロイの方が慌てまくるのだった。
「大佐……?」
「ロイだ」
「ずいぶん簡単にオレを引き取ってくれたけどさ、オレって高いよ。ビックリするくらいの価格だよ。いいの? それでも」
「無粋だな、エドワード。ハボックより私の方が上級なのだよ。あいつに買えて、私が買えないことはない」
「ふ〜ん……なら、いいけど。じゃあ、名義変更しないとね」
「いや、面倒だから、このままあいつに支払いさせよう」
「………………そうすると、オレの名義や決定権や、なにからなにまで、すべてそのハボックって人のもんだけど?」
「ああ……そいつは困るな。今すぐ変更しなくては!! 他には? これからキミと暮らしていく上で、必要なこととか決まりごとなんかは?」
「ん……それだけ。………………あの…大佐?!」
「ロイ、だ」
「ホントにありがとな。オレ、廃棄処分だと思ってたからさ。結構諦めてたとこもあったから。御主人……じゃなくて、大佐が、オレがいいって言ってくれたの、すっごく嬉しかったんだ。あの…感謝してる」
赤い顔で、気丈に笑ってみせるエドワードの瞳から、コロンと透明の雫が転がり落ちる。
キラキラと輝いたそれは、不思議な輝きを放つ宝石だった。
その涙に、ロイの理性の糸は簡単にブチ切れた。
「エド!!!」
ギュッと小さな体を抱きしめる。
暖かい体は、やはり人形だなんて思えなくて。
思わずローズ色の唇に口吻けていた。
2004/11/04 脱稿
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。いきなりパラレルですが、どうぞ引かないでくださいね。ロイと人形エドのお話です。しかもここで終わりではありません。そう、続くんです。このあとはHばかりになりそうなので、Under Groundへ送るかこのままこの後に続けるかは、まだ検討中! アップしたらぜひ呼んでくださいね。 |
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