死者の

「ねえ、蛮ちゃん。最近はカボチャ大安売りなんだね」

嬉しそうな声で、先行く蛮にそう銀次が話しかけた。

「あ? なに言ってんだ、お前は」

「だって、ほら街中いろんなとこにカボチャがあるでしょ。きっと、どこかのスーパーがカボチャ大安売りしてたんだね。惜しかったね、オレたちも知っていれば買いに行ったのにね〜」

そうのたまう銀次は、今が秋というより、小春日和を思わせた。

「買いに行くより、オレはお前のそのカボチャ頭ごと、店に売りつけてー」

「え? なに? カボチャ頭って……硬いってこと?」

「確かにかてーわな、お前のその中身のねー頭わよぉ。何度もオレが叩きのめしても、ヒビひとつ入らねーんだからな」

「えへへ…ありがとvv」

「褒めてねぇ…」

嬉しそうに照れ笑いをする銀次に、心底呆れた蛮は、ため息とともに、タバコの煙を吐き出すのだった。

 

 

 

「ハロウィンだ……Halloween」

「はろいん?」

「ハロウィン……万聖節の前夜祭だ。秋の収穫を祝って、悪霊を追い出す祭りだ」

真剣に聞く銀次の表情から、おそらく半分も理解していないことを知る。

「あー…子供(ガキ)らが仮装して、家々を「Trick or treat」お菓子をくれなきゃイタズラするぞと言って、大人から菓子をもらって回る………のは知らねーか?」

「う〜ん……聞いたことがあるよーな、ないよーな……ないよーな?」

「ないんだな」

「うん」

(うんじゃねー!!)

脱力感は、いや増したように思えた。

「宗教色の強ぇもんだからな。日本人にゃあまり馴染みがねえよな。昔々な、ケルトの民ってヤツらがいて、そいつらは1年の終わりを10月31日と決めて、その夜を死者の祭としたんだ。死者の霊が親族を訪れる夜であって、悪霊が跋扈(ばっこ)する夜だ。子供を攫い、作物や家畜に被害を与えた。そんな死者の霊を導いたり悪霊を祓ったりするために、焚き火をするようになったんだと。それが、ハロウィンの日に提灯(Jack-o'-Lantern)を灯す由来なんだが………。お前の見たカボチャは、その提灯だ。種を取ったカボチャに、目と鼻と口をくり貫いてつけ、内側にキャンドルを置けばカボチャ提灯の出来上がりだ」

「ふ〜ん……そうなんだ」

頭から煙を出しているところを見ると、おそらくはほとんど理解していまい。

それもわかっていて、説明している蛮だったが。

「じゃあ、蛮ちゃんも、その……チ…チックタックとかって言いながら、いろんな家を仮装して回ったんだ

「Trick or treatな。オレ様が、んなことするワケねーだろ。だいたいオレんち家系がなんだか忘れてんのか、テメーは」

「ん?……あ、そ…そっか。魔女だ」

(忘れてたのか、こいつ……)

さすがに呆れて突っ込む気力すらない蛮だった。

「そっか……お菓子がもらえる日なのか」

銀次の思考では、どうやらそこに落ち着いたようだった。

大まかに割愛されまくっていたが、そこは何せ銀次なので気にしない。

「じゃあ、蛮ちゃんにオレから、チックアトリー!」

意味不明の日本語英語の後に差し出されたのは、ひとつのキャンディーだった。

「………銀次、間違えてるぞ。あげる方が言うんじゃなくて、もらう方が言うんだ」

「え、そーなの? じゃあ、蛮ちゃん言って」

「もう何度も言った」

「もう1回」

「メンドくせー」

「え〜いいでしょ。もう1回」

こうと思ったときの銀次のしつこさには、さすがの蛮も敵わなかったりする。

仕方なくもう一度、正確なイントネーションで、銀次の期待に応えてやる蛮だった。

「Trick or treat」

「はい、お菓子あげるね、蛮ちゃん」

「あげるねじゃねー……あッ、おい…銀ー……」

あげると言った、たったひとつのキャンディーは、蛮が止める間もなく銀次の口に放り込まれてしまった。

そして―――。

「……んッ」

後頭部に手を回され、銀次が口吻けてくる。

不意をついたわりには、触れ合わされるだけの、やわらかなキスだった。

まるで、ゆっくりと溶け合うような、慎重なものだった。

いつもの性急で乱暴なものと違って、静かな大人の口吻けだった。

そうして蛮の唇を充分に堪能したあと、そろそろと熱い舌が蛮の口腔内に入り込んでくる。

今までの優しさがウソのように、強引に、大胆に。

「うぁ……あッ」

無理に舌を受け入れさせられ、絡め取られる。

「ぎ……ん…ッ」

「ば…んちゃん……」

息も荒くなった頃、だいぶ小さくなったキャンディーが、蛮の舌の上に押し付けられた。

そのキャンディーを間に挟むように、もう一度舌を絡めてから、ようやく銀次は唇を放すのだった。

 

 

 

ゆったりと瞳を開ける。

「えへへ、甘いね、蛮ちゃん」

そこには満面の笑みを浮かべた銀次がいて。

頭の中は文句の嵐だったが、それも目の前の笑顔と口の中の甘ったるさで、あっさりと消えてしまった。

窓から外を見る。

これでもかってくらい晴れ渡った青い空に、自然と笑みを濃くして。

まだ、カボチャの灯籠に灯が燈るまでには時間があるけれど。

その頃になったら。

2人でやわらかなその灯りを見に行くのもいいな……などと、柄にもないことを思ってしまう蛮だった。

         参考資料『現代に生きるアメリカの生活行事』(千城出版)、他Halloween関連サイト様

え〜読んでいただきありがとうございました。やっぱりこういう時期モノって雰囲気あって好きだわぁ(*^_^*)私自身はハロウィンはまったくの素人で、ハロウィンがこんなにも怪しい歴史を持つイベントだということも初めて知りました。時期的なもの〜と簡単に書き始めたはいいけれど、調べていくうちにあまりにも魔女魔女してきて、SS内ではそのことに触れるのが憚れてしまったので、ちょっと軽めな話になったのでした(^_^;)

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